私の我慢が足らない?退職・離婚したいときの親の反対「もう少し頑張りなさい」

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仕事が本当につらいとき、夫との関係があまりにもひどいとき、「もう辞めようかな」「もう別れようかな」と友達や家族に相談しますよね・・・友達はあなたの辛そうな表情を見て「もう辞めなよ」「もう別れなよ」と同意してくれるでしょう。しかし、親御さんの場合、そう簡単に同意してくれない場合が多いのではないでしょうか。

今回、読んでくださっている方は、「試練だから、諦めるな」「ツラいのは、あなただけじゃない」「もう少しだけ、頑張ってみなさい」と親に諭された経験があるのではないでしょうか。一番、近くで、一番見てくれているはずの親に「もう少し頑張りなさい」と言われてしまうと、辞めたいのに辞めないで、頑張ってしまう方が大勢いらっしゃいます。今回は、なぜ親御さんからの「頑張れ」を優先してしまうのか、その理由に迫ります。「だって、お父さん/お母さんが言ったから」と責任転嫁せずに、自分自身の選択で生きていけるようになりましょう。

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はじめに

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親の反対が「私のために言ってくれていること」だと理解しているからこそ、あなたはもう限界なのにも関わらず、頑張ろうとしてしまうのではないでしょうか。しかし、心の中では、「今だって十分がんばっているんだよ?認めてよ!」と泣き叫んでいるケースも多いです。しかし、なぜ親から「辞めていいよ」「別れていいよ」という承認が下りないことがあなたを苦しめるのでしょうか?親からの承認がないと、「まだ努力が足りないんだ」と思ってしまうのでしょうか。親といっても他人です。他人の意見がいつも自分と一致するはずはありません。しかし「親が頑張れと言うからもう少しがんばってみよう・・・」「親が私の成果を認めてくれていない。私はまだまだ努力が足りない・・・」など自分を責めている方は大勢います。なぜ大人になっても、親に認められたいのですか?

親を信じている真面目ないい子ほど苦しい思いをする

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「お父さん/お母さんが言うのだから、間違いない」「私のことは一番、お父さん/お母さんが分かってくれているはずだ」と過信してしまっていませんか。親を信じている真面目ないい子ほど、自分を苦しめてしまいがちです。自分ではない他人の基準で生きているのですから、当然です。あなたはどうですか?親の基準で生きていますか?自分の基準で生きていると胸を張れますか?自分が親の意見に重きを置いていると認識していれば良いですが、認識していない場合は、知らず知らずのうちに、自分の基準に親の基準を一致させているケースが多いので、厄介です。20個くらい「○○すべき」「○○してはいけない」だというものを出してみましょう。
例)
・電車の中では静かにすべき
・親は大事にすべき
・人前で泣いてはいけない
など・・・
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書き終えましたか?その「○○すべき」「○○してはいけない」は、いつからそう思っていますか?生まれた頃は、誰も「○○すべき」「○○してはいけない」は持っていません。赤ちゃんは「面倒を看て欲しいときには、泣くべき」「人前で泣いてはいけない」なんて考えていませんよね。どの出来事がきっかけで「○○すべき」「○○してはいけない」と思うようになりましたか?誰に教わりましたか?考えてみてください。
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おそらく「○○すべき」「○○してはいけない」の多くは、自我を持つ頃に、最も多く触れ合った親から教えられたことではないでしょうか。しかし、それはごく自然なことです。私たち人間は、まずは親という他人の基準を覚えて、人生を始めます。そのあとで、自分なりの基準を形成していきます。しかし、親から得た、多くの「○○すべき」「○○してはいけない」は、長年の成功体験や世の中の美徳により強固なものとなり、自分の基準に刷り込まれていきます。そのため、親の基準のままでOKにしてしまっているものが多いです。例えば、「挨拶すべき」「みんなと仲良くすべき」「相手を思いやらなくてはいけない」「迷惑をかけてはいけない」などが挙げられます。
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幼いころ、子どもは生きていくために、自分の生存権を握っている親に褒めてもらえるように行動します【お父さん/お母さんが嫌がることはしない】これが行動の判断基準です。お母さんと過ごす時間が長い子は、お母さんが対象になりますが、お父さんと過ごす時間が長かった子は、お父さんが嫌がることをしないが行動基準になります。親が嫌がらなければ、正解だったのです。もっと言ってしまえば、親が笑顔になることが、正解です。そうすれば、生きていくこと・自分を見てもらえることが出来たので、当然ですよね。しかし、大人になってもなお、親から嫌われない行動をするという基準が変わっていないままの方も多いようです。
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今一度、書き出したものを見直してみてください。書き出したものは、本当に「○○すべき」「○○してはいけない」ものですか?あなたが自分自身で考えた「○○すべき」「○○してはいけない」ですか?親の基準のものはありませんか。自分基準だと思っていることですら、親の刷り込みによって築き上げたものもあります。お父さん/お母さんもそう感じていると思える「○○すべき」「○○してはいけない」ものを丸してみてください。結果はどうでしたか。「親子だから似ていて、当然」と思わないでください。親子だから似るのではなく、あなたが親の基準を大切にしているということに他なりません。大人になってもなお、まだ親の価値観の中で生きますか?

親の反対に振り回されるな

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親があなたのために反対してくれているというのは、事実でしょうが、親は「あなたに幸せになって欲しい」以上に、「あなたが不幸になること」を恐れていることが多いです不幸にはならないことが、あなたの幸せだとは限らないのにも関わらずです。親は、あなたが不幸になることだけは恐れていることが多いです。「にんげんだもの」で有名な詩人、相田みつをさん(故)が書いた名言「しあわせはいつもじぶんのこころがきめる」ではありませんが、幸せはあなたが決めるものです。幸せの定義はあなたの中にしかありません。親の決めた幸せが、あなたの幸せであるとは限りません。あなたにとっての「幸せ」とは何ですか?
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そもそも、幸せが語られ始めてから、100年経っていません。下記は、1939年に亡くなった、オーストリアの精神医学者ジークムント・フロイトの晩年の言葉です。

自分たちの時代より前に、幸せとか不幸せだと論ずる人はいなかった。人々が口にするようになったのは、自分たちの時代くらいからだ。その前の人は全く口にしていないし、話題にもしていない。

今みたいに情報網が発達していないため、隣の町の人がどういう暮らしをしているかが分かりませんでした。知る術がなかったので、比較することもありませんでした。他人がどうであるかがわからないと、「どっちが幸せで、どっちが不幸なのか」「誰が一番幸せか」と比べようがありません。多くの幸せは、比較の上に成り立っているものだと活学では警告しています。誰とも比較することなく、自分だけの幸せの定義を決めることが重要だと教えています。
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現在は、地球の裏側の人が何をしているのかさえも、知ることができる時代です。そんな情報過多の中、生きてきた私たちは、幸せについての定義を、親や周りの人、インターネット、テレビ、新聞、雑誌、ありとあらゆるところからの情報の蓄積により、形作ってしまっています。自分にとっての幸せが何かを考える前に、他人からの刷り込みによって幸せの形が作られています。今一度、あなたにとっての幸せの定義を考えてみませんか。世の中一般的な幸せの定義や親の幸せの定義に引きずられることなく、あなたがあなたとして幸せを感じるものは何ですか。

まとめ

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あなたが今、辞めたいのに辞められないで頑張ろうとしている全てのものが、あなたの幸せの定義を押しつぶしています。あなたはなぜ、自分を幸せにしてあげないのですか?なぜ、親の基準を重んじて、自分の基準を軽んじてしまうのですか。あなたの人生は、あなた自身のものです。あなた自身の基準で生きてはじめて、あなたの人生が始まります。親を越えてはじめて、あなたの人生が始まるのです。親に何を言われても、あなたがしたい通りにしてあげましょう。その仕事が嫌なら、辞めても良いのです。その夫が嫌なら、離婚しても良いのです。あなたが大事にしなくてはいけないのは、親ではなく、あなた自身です。あなたはどうしたいですか?あなたの幸せは、どこにありますか。

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