「なぜ人を殺してはいけないのか」 子どもに聞かれたら、理由をどう答える?

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子どもに「なぜ人を殺してはいけないのか」 と聞かれたら、あなたは何と答えますか?法律で決められているから?親にそう教えられたから?しかし、そんなことを嘲笑うかのように、TVをつければ沢山の命が奪われている情報が流れています。あなた自身ももしかしたら、殺したいと思うほど、誰かを憎んだことはあるのではないでしょうか?なぜ、その気持ちを食い止めることができましたか?「法律でこうだから」「そう教えられているから」ですか?誰かの基準ではなく、あなたの基準で「なぜ人を殺してはいけないのか」 を規定しなければ、あなたも突発的な何かをきっかけにして、誰かを殺めてしまう日が来ないとは言い切れません。他者を殺害すれば罪に問われます。社会において他の命を奪うことは、決して認められることではありませんが、絶対悪だと捉えるのも危険です。今回は価値観の偏りを中和するために、この題材を見ていきましょう。

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Contents

本当に殺人は絶対にいけないこと?

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昨今、長寿化及び医療の発達で老衰しているのに逝けず、妻に/夫に殺してほしいと頼み、起きた殺人事件が相次いでいます。老老介護が負担で殺してしまうというケースもあります。そのニュースを見て、どう思いますか?「絶対に殺してはいけない」「親/子を殺すなんて!」と当事者でないあなたは怒りますか?また、障がいを持って生まれたお子さんの将来を案じて殺害する親もいます。「子どもの人権を無視したひどい親だ!」とその子の親になったことのないあなたが非難できますか?

殺人の罪は同じではない

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先ほどのような事件は、人一人殺したという事実は同じでも、実際に罪が軽減されていることが多いです。殺人の中でも「仕方ない」と思われるものや「可」と判断されるものがあると納得できるのではないでしょうか。人一人の命を奪ったという事実は同じでも、罪は同じではないのです。

人を殺せば殺すほど評価されるものは?

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では、元気な青年を殺害することが良しとされるのはどういうときでしょうか。人を殺せば殺すほど認められるのは、どういうときでしょうか?戦争です。戦争においては、殺せば殺すほど英雄になれます。そういうと、恐らくあなたは戦争自体が絶対悪であると言いたくなるでしょうか?戦争が良いか悪いかの基準は時代背景によって変わります。歴史を見てみましょう。戦争の起きていない時代の方が少ないでしょう。その時代で考えてみてください。戦争が起きている社会においては、殺人は悪ではありません。善になります。つまり、殺人の善悪は絶対的なものではないと言えます。

死刑は認められる?

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死刑については、どう思いますか?個人の感情で引き起こす殺人は許せなくても、悪人を法律に則って刑罰できる死刑は認めるという方も多いですよね。冤罪の多さから、死刑廃止の声も多く上がっていますが、大切な人を奪われた遺族たちは死刑を望むケースが多く、死刑を廃止するのは難しいでしょう。では、死刑を実行するお役人の方は、それが仕事だからと、人を殺しても良いのでしょうか?そう思えるのはなぜですか?死刑は殺人ではないのは、法律が認めてるからということですか?悪人の命はどうでもいいということですか?

アニメ『サイコパス』に見る!殺人とは何か

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犯罪係数が高い潜在犯を逮捕・駆除できるという『サイコパス』というアニメがあります。(公式サイト)第11話に以下のような話があります。主人公アカネの友達が、殺人鬼に捕まりました。犯人は犯罪者を捕まえるのに必要な犯罪係数がなぜか通常値のため、アカネはいつもの武器で相手を制圧出来ません。法で犯人を止めることが出来ません。しかし、犯人は友達のユキを殺すとナイフを首に当てて、脅し続けます。犯人はアカネに「チャンスだ」と普通の銃を渡します。それは、犯罪係数に関係なく、撃とうと思えば撃てる普通の銃です。しかし、アカネは普段使っている、悪人だけを撃てる銃に頼り続けます。
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しかし、一向に銃は犯罪係数をクリアできずに使い物になりません。ユキは「助けて、アカネ」と泣いて助けを求めていますが、アカネは最後までどんな人でも殺せる普通の銃の引き金を引きません。犯人が犯罪係数が通常である「善人」だと判定されているからです。銃で撃つことないアカネに、犯人は失望します。「僕を失望させた、罰だ」と犯人はユキをアカネの目の前で殺害します。犯人はユキだけを殺し、現場を離れます。「私がユキを見殺しにした・・・」とアカネは落ち込みます。
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視聴者の多くは「犯人を殺せ、アカネ‼ユキを守れ‼」と思ったことでしょう。果たして、アカネの「善人だから殺せない」というロジックは正しかったのでしょうか?本当にいかなる場合でも殺人は悪なのでしょうか?この場合、正当防衛にはならないのでしょうか?友達を見殺したことは悪ではないのでしょうか?犯人を殺さなければ、友達が殺されているのはわかっているにも関わらず、犯人を殺さないという選択肢を選ぶことは、悪ではないのでしょうか?
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ユキを殺した犯人が新たに犯罪を繰り返すため、アカネの部下は犯人を殺そうとします。しかし、アカネは語ります。「殺人者を2人にしてしまうことになる。だから、あなたにアイツを殺させたりはしない」と・・・誰かを殺した犯人の命は、今まさに被害者になろうとしている人の命は同等なのでしょうか?被害者を増やすこと、犯人を殺さないことはどちらが罪が重いのでしょうか?